栄養×国際協力対談 塚原絵理さん×島袋尚美

こんにちは、ゆいまーる広報部です。

2021年1月6日、都内のカフェにて、2人の法人代表女性による対談が行われました。

弊社代表の島袋尚美と、NPO Aozoraの代表で、インドで出会った青空教室をきっかけに国際協力に取り組み、栄養士やJICAなどの経験を生かして現在は業務委託でミャンマーにて病院食と学校給食をデリバリーする事業の立ち上げなども行っている塚原絵理さん。

今世界的に取り組まれているSDGsともからめ、栄養や貧困、途上国についてをテーマに、行動力あふれる魅力的な対談が実現しました。

2人とも海外暮らし経験が長く、国際協力に興味があり、自分が「こうしたい」と思ったことに素直に行動してきて、現在は事業を立ち上げている女性。

そんな行動力満載の2人の対談を、広報部から贈ります。

第1話:きっかけはインドのさいばば!?旅行中に出会った青空スクールが国際協力の第一歩に

第2話:いろいろな経験を経て、途上国支援も栄養改善も全部どりの道へ!食の常識の違いに苦戦?

第3話:ものすごい行動力に対する周りの反応は?コツは、自分と他の人を区分けしないこと!?

第4話:この子供たちに人生を捧げる!人生のキーパーソンの圧倒的ビジョンが原動力

第5話:ビジョンは、世界の食問題解決!貧困層の人は、お金があってもバランスのいい食事をとれない!?

第6話:行動力のコツは、まずやってみる!自分で自分のことを幸せにしていこう

第7話:貧困は日本にもある!?すぐ傍にある問題にも取り組んでいく

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第4話:この子供たちに人生を捧げる!人生のキーパーソンの圧倒的ビジョンが原動力

(左・塚原絵理さん 右・島袋尚美)

島袋尚美(以下・尚美):自分で道を決めていくときに、とても支えられたとか、逆にすごく喝をいれてくれたとか、自分を自分たらしめたキーパーソンはいますか?親以外の、どちらかというと、大学卒業から今までの社会人経験の中で。

塚原絵理さん(以下・塚原):一人に絞るのは難しいですが、青空教室で出会った校長先生からは、やはり強く影響を受けています。ニケシュさんというんですけど。

塚原:初めて出会ったとき彼は26、7歳だったのですが、その時点で「私はこの人生をこの子達に捧げる」と言っていて、それが心にグサッときました。そこから自分の人生が変わりはじめたと感じています。

あとはマザーハウスをたちあげた山口絵里子さんの「裸でも生きる」も読んで。

尚美:私も読みました。大好きです、マザーハウス。

塚原:マザーテレサとか、ダライ・ラマとか、そういう方にも影響を受けました。マザーテレサの「愛の反対は無関心」という言葉も大きいです。始めたての時、それほど多くはないのですが、やはり「どうして日本にも大変な人がいるのに途上国支援なの?」と言われたこともありました。でも、無関心でいるのではなく、関心を持つのが大事という思いでやっています。

「自分は何かしたいけど何もできない。少額の寄付をすることくらいしか」というようなこともよく聞くのですが、私自身はそう言ったマザーテレサの言葉に勇気付けられた部分もあります。

尚美:青空スクールの男性の方は、出会った時、塚原さんと5.6才しか変わらなかったんですよね。

塚原:そうですね。しかも、裕福だからやっているわけでもないという。本当にニケシュさんとの信頼関係があるから続けています。あんなに腰が低いインド人はみたことがないです。いつも何かにありがとうとお礼を言っていて。

尚美:すごいコミットですよね。私立の先生のほうが収入もいいだろうのに、なぜ、と思いますよね。

塚原:路上にいる貧しい子供たちを見て放っておけなかった、と言ってます。

尚美:25.6で一生この子どもたちと生きて決めていくとコミットしているのってすごくないですか。そうやって決めて進んでいる方と出会うと、自分も考えますよね。

私の夫の家族は、彼の目に障害がある関係で、彼が10歳のときにアメリカに移住していて。

インドでは比較的裕福な家庭だったのですが、アメリカでは皿洗いみたいな仕事からのスタートだったと聞いています。

尚美:彼は将来目が見えなくなる障害をかかえているのですが、私が学生だったころ、「弁護士になるためにロースクールにいく」と言っていて。

わたしは五体満足なのに、その自分よりもしかしたら大変な状況にある人が、自分より頑張っていることにはっとさせられたはじめての瞬間でした。

塚原:私も彼を見ていると、この活動に本当に人生を捧げているなと思いますね。30歳をすぎるとほとんどの人が結婚しているインドの田舎で、学校のためにも結婚しないとずっと言っていたんです。

結局、結婚しないと本当に自殺するとまで親に言われたこともあって、結婚はしたんですけど、そこまで命を捧げていることをみると、支えたいと思いました。

国際協力に興味を持ったのも、ニケシュさんの青空スクールがきっかけだったし、ニケシュさんの想いが一番強かったんですよね。

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